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■エイプリルフールだからといって嘘をついてもよいのかについて

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41日のエイプリルフール。

1年の中で嘘をついていい日とされています。

でも、だからといって本当に嘘をついてもいいのだろうか。

そんな葛藤が良い子の皆様にはあるのではないでしょうか。

「エイプリルフール」を迎える前にこれについてちょっと考えてみましょう。



そもそもエイプリルフールとやらは、

なんで嘘をついてもいい日とされているのか。

 

嘘つきは泥棒の始まり」って習いますよね。

要するに人を騙すのはイクナイとの教えです。

まさにそれは社会の一員として求められる当然の倫理観といえるでしょう。

 

だから普段の日はもちろんNG。

そんなのやったら閻魔様に舌を抜かれてしまいます。

みんな嘘はつきたくないし、つかれたくない。

 

でもでもでもでも、この日はそんなの関係ねぇ。

嘘をついてもバッチリOKな奇跡の日なんです。

 

つまるところ、社会的な合意が形成されてさえいれば、

特別な日というのがあってもいい、ということです。

例えるなら、大晦日の夜更かしみたいなものでしょうか。

子どもが夜に初詣にいってもオッケー的なアレです。

 

それってどうなんでしょうか。

 

嘘をつくことがよくないものとの教えは、倫理観や道徳観からきているものでした。

でも、この日はそれが放棄されても止むなし。

…なんて通るかっ!こんなもん!

 

特別な日ならいいじゃないかって?

確かにおっしゃるとおり、1年に1日ぐらい贅沢する日があってもいいと思います。

でも、これって子供の頃にならったように「泥棒の始まり」なんですよ。

大晦日のソレとはわけが違う。

 

仮に嘘をついてもいいとすると、詐欺もオッケー?

それはダメ?

じゃあ、人に迷惑をかける嘘は?

それもダメ?

なら、相手を傷つける嘘は?

…ダメ?

 

じゃあ、何ならいいんですか、となってしまいます。

 

実はこれこそ倫理観や道徳観が問われる問題なのです。

でも、この日はそれをいっさいがっさい放棄するという合意があるとされているわけです。

つまり、もはやエイプリルフールは成立していないんです。

 

なぜなら、嘘をついてもいい日とするなら、

何でもオールオッケーにしないと矛盾してしまうからです。

 

わかりやすく言えば、人に迷惑を掛けない嘘ならばついてもいい日であるのなら、

それは普段の日でもついてもいい嘘しかつけないということです。

例えば、それはあえて患者にガンだと伝えないといった類のものです。

いわゆる、「優しい嘘」というやつですね。

 

ただし、その「優しい嘘」でさえも人を傷つけることはあります。

先ほどの例で言うなら、患者本人はその告知をしてほしかったかもしれません。

 

だから、どんな嘘でも一瞬は人を傷つけてしまうんです。

少なくとも騙されたという感覚は残るでしょう。

ましてやイタズラな嘘ならなおさらです。

 

ドッキリだからいいんだよ、ってのはあまりに無思慮。

度がすぎると、イタズラも犯罪足り得ます。

 

また、『オオカミ少年』って童話を知っていますか?

 

「オオカミが来る」と村の人を騙し、嘘をつきまくっていた少年が

本当にオオカミが来た時に、「オオカミが来る」と村の人に言っても

また嘘を言っていると思われ、誰も助けてくれなかったという物語です。

 

実はエイプリルフールもこれと似たような現象が起きてしまいます。

どうせエイプリルフールネタじゃないかと思ってしまうということですね。

 

例えば、何か大事件のニュースを聞いたら、

それがエイプリルフールのネタなのか考えなければなりません。

これは小さな出来事ほど深刻度は深まります。

明らかな嘘でも「現実は小説よりも奇なり」という至言を忘れてはなりません。

 

ちなみにこれ、エイプリルフールネタを本当の話と結構信じちゃう人います。

 

1939年、エクアドルでラジオ放送局が流した「火星人襲来」ネタを信じた

民衆が混乱してしまい、さらにそれが嘘だとわかると完全に暴徒化し、

ラジオ放送局を襲って、死者を21名も出してしまった事件があるそうです。

(参考:wikipediaさん)

 

また、これは信じた結果ではないでしょうが、このような事件も。

(参考:J-castニュース「NHKと民放に驚愕ニュース ツイートのおぞましすぎる中身とは」

 

社会という大きな組織で混乱をきたす可能性がある

そのような危険分子は完全には容認されるわけがないのです。

ということは、その観点からいっても、エイプリルフールは成立していないんです。

 

では、なぜこのような成立するはずがない、

「嘘をついてもいい日」が成立しているとされているのか

 

それには最初に戻って、なぜ「嘘をついてもいい日」となったのかを知る必要があります。

 

エイプリルフールの起源は諸説ありますが、人気のある一説を紹介します。

(参考:AllAboutさん)


かつて、フランスでは325日に新年を迎え、41日まで新年のお祭りをしていたが、16世紀にシャルル9世が11日を新年とするグレゴリオ暦を採用すると、これに反発した人々が41日を「嘘の新年」として馬鹿騒ぎをした。この騒ぎに怒ったシャルル9世が人々を処刑したため、抗議と追悼の意を込めて、41日に「嘘の新年」を盛大に行うようになった。

 

実はこの説も異論・反論がでているようですが。

このブログでも一回紹介してるんですけどね。

その他の説はこの辺を見てみてください。

(参考:Gow!Magazineさん、閾ペディアことのはさん)

 

ただ、どんな説でも共通するのは、何らかの目的があって嘘をついていることです。

それは例えば、体制への抵抗だったり、祝祭のための儀式だったりするわけです。

だからこそ、嘘という無秩序が受け入れられたということなんですね。

 

ということはですよ!

現在の「嘘をつく」ことが目的となったエイプリルフールは間違ってるわけです。

目的なきエイプリルフールは「泥棒の始まり」以外の何物でもない。

つまり、騙すことを目的にしちゃアカン!ってことです。

 

しかし、逆に言えば、目的があれば万事オッケーなんではないでしょうか。

 

先ほどの「優しい嘘」は人を傷つけまいとする為の嘘でした。

これと似たような取り組みをエイプリルフールでやっている人もいると思います。

 

それは、「人を楽しませるための嘘」です。

 

ここで勘違いしてほしくないのは、「騙された人」も楽しませなければなりません

「騙した人」だけが楽しむ嘘はダメだということ。

もし、嘲笑するような嘘ならイジメと一緒です。

だから、ドッキリや単純な嘘ははなからNGです。

 

ジョークならOK、嘘はNGと考えればわかりやすいかもしれません。

googleなんかはそのいい例でしょう。

(参考:Naverまとめ「今までのGoogle日本 エイプリルフールネタまとめ」

 

要するに、エイプリルフールは嘘をついてもいい日ではなく、

人を喜ばせるために驚かせてもいい日だということです。

人を喜ばせるのなら、倫理観や道徳観は別に問われません。

 

エイプリルフールに嘘をついてもよいのか、に結論を出すなら、

人を喜ばせる嘘やジョークならアリとしておきましょう。

 

うん、普通だよね…

 

その他参考:
そしゃくにゅーすαさん
アメーバニュースさん

 

長く長くやっておいて、出した結論は普通という…。

まあ、何がいいたいかというと、好きでもない人に好きだと告白するのはやめましょう。

あれって、嘘とか関係なく、本気と書いてマジにしちゃうから。

「嘘から出た真」を信じてもいいじゃないか(遠い目)


(。・Д・。) それではみなさん、また会う日まで~


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